雑記

昨日今日と熱があるようで、体は重く(重いのは風邪のせいじゃないか・・・)節々も痛み、寒いです。
こんな時はいつもくだらない考えで頭がいっぱいになります。

とある芸術家が「経済は文化のしもべでなくてはならない」と言っていました。

これって今の世の中にもぴったり当てはまりそうな言葉ですよね。

文化なんて忘れ去られて経済だけが優先して独り歩きしているように感じることが多い毎日です。

ここで言われている「文化」というのは、単純に伝統文化とか日本の文化という範疇を超えた、人々の日常の当たり前の暮らしの事も含まれているように思います。

広く民族学で使われる文化、あるいは文明の定義とは、知識、信仰、芸術、道徳、法律、慣行、その他、人が社会の成員として獲得した能力や習慣を含むところの複合された総体のことである


とは、エドワードタイラーの言葉ですが、原子力発電所の近くで暮らしていた人たちが、住んでいた地域で暮らせない状況を考えると、上の文言の中の「人が社会の成員として獲得した能力や習慣」という部分の文化なんて全く無視されている様に思えますよね。
これだと、文化が経済のしもべになっているようにも思えてきます。

僕は学者でも政治家でもないただの一市民なので、難解な事情は分かりませんがなんか複雑な気持ちになりますね。原発のおかげで地域が潤っていた現状もあるわけですから、一概に文化を無視されてるとも言い難いです。

話は変わり、知人が「芸術に触れられない、貧しい子供の為に自分が財団を作り、誰にでも平等に芸術に触れる機会を作るために、芸術作品を買い集めたい」と言っていたことを思い出しますが、なんだか「?」って感じです。

芸術とお金の関係の葛藤を高村光太郎は「美の監禁に手渡す者」という詩の中で詠んでいますが、これは分かりやすく上手にまとまっていると思います。

財団を作るために激しい経済闘争を勝ち抜かなければいけない、そうすると自ずと負ける人が出てくる、これが貧しい人につながります。それに、貧しいとされる人が本当に芸術作品に触れる必要があるのか?明日の食べ物にも事欠く人間に、一枚の素晴らしい絵画を見せたところで、まったく空腹は満たされません。
お金で強引に売買されている芸術作品に、作家の創造に対する真意が残っているのか?とか疑問だらけです。

貧しく暮らす人にの生活の中にも、どんな芸術作品よりも素晴らしい日常の一コマは存在すると思います。
こんなことを考えると、芸術品を収集するのも、財団を作るのも、「文化」を忘れているようにも思えちゃいます。

こんなことばかり書いてるから、Beクリーンの加藤はちょっとおかしい奴なんだよ。とか噂になるんですね~。
同業者さんが、知人に僕を紹介してくれる時も「腕はいいけど、ものすごい変人だから!」と紹介してくれることが最近多いですもんね。

僕の持論ですけど、変人に根の悪い奴はいない、ってのがありますから、ありがたい褒め言葉だと受け止めてます。

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